元ひきこもりの社会不適応リーマン

元ひきこもりの半生や社会について 感じてきたことをありのまま書いています。たまに経済的自由、たまに雑感をありのままに。

幼少期編 第1話 『知らぬが仏』

幼少期の思い出はほとんどなく、断片的なものとなりますが、

ふと私たち家族の生活を振り返ると『よくやっていけたな』と

不思議に感じていますし、

思い返せば当時の嫌な思い出はそこまでなかったように思います。

 

 

劣悪な環境の中、楽しく過ごせたことには感謝しかありません。

そこについては、とても恵まれた環境ではあったのかも

しれないですね。

 

 

それではそろそろ自分について書いていきたいと思います。

 

 

家族構成

4人家族です。

 

 

 

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 今でも鮮明に覚えているのは怒声とガラスや物が壊れる音、

泣き声、大好きな車の音、自分専用のクッションの感覚、

タバコの匂い、酒臭い父、兄と遊んだ公園の匂い、

母が抱きしめてくれた時の柔らかい感触...

 

 

私の家庭はとても貧乏でした。

 

 

木造アパートで家にお風呂もなく、

1日に1度はゴキブリかヤモリ、イモリを目撃する

台風がくれば飛んでいきそうな、そんなアパートに

住んでいました。みるからにオンボロ建屋です。

 

 

家庭環境も相当に劣悪で父が母を殴ったり、物を壊したり...

 

 

またさらに最悪なのが、父がつくった借金もあったため、

ほぼ毎日借金取りが家に来ては張り紙、ドアを蹴る、

ガラスを割る等々の行為を繰り返す。

 

 

もうこの文だけみると完全に詰んでますよね。。。

 

 

でも私は特段嫌な思い出はないので、

それは母と兄のおかげかなと思っています。

このブログを書いているうちに嫌な思い出も

いろいろと思い出してくるかもしれませんが。。。

 

 

 

保育園に通っていましたが、母は仕事で迎えに来れず、

いつも先生が仕事を終えるのと同時に送迎してもらい帰宅。

それまで先生と一緒にいたはずなのですが、

先生と何をしたのか?不思議と記憶がありません。

 

 

友達と昼食用の麦茶を入れているやかんの注ぎ口から

息を吐いて蓋をポコポコしていたのが見つかり

ビンタを喰らったことくらいですかね。。。

 

 

先生、当時は大変申し訳ございませんでした。。。

 

  

幼少期の私は相当に変わった子だったと聞かされました。

私としては周りと同じようにしている『つもり』でしたが、

 

 

『つもり』が実際には全然違ったようで、

基本的に保育園での問題は大体私が原因だったようです・・・

 

 

こういった性格は先天的なのか、環境により後天的なものか

分かりませんが、性格や環境がみんなと違うということは

この時点ではわかっていませんでした。

これが後々悩みの種にことになるともしらず。。。